なくしたものとか、見つけたものを、音楽とか、文章とか、絵画にしてみました。
ひょっとしたら、なくしたものが、見つかるかもしれません。

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【文】Isolation、夏の入り口の屋上にて。

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あれは、僕が大学に入りたてで、まだ「学生寮」に入っていた頃のことだ。田舎の大学だったが、学生寮はさらに田舎にあった。
当時、寮にはエアコンがなく、夏になると暑すぎる部屋を出て、屋上で風に当たっていた。

寮には、話の合う1つ上の先輩がいたんだが(といっても無口な人だったので、ほとんど話さない)、二人ともアルバイトが忙しく、寮で会うことはほとんどなかった。
ある日、その先輩が僕の部屋に来て「もらったビールがあるから、一緒に屋上で飲もう」と誘ってくれた。
僕はそのビールを、その先輩はギターを持って、屋上に上がった。
寮の真っ暗な屋上に吹く風は、夏の湿度をたっぷり含んでいた。
その風に当たりながら、例によって、2人で黙ってビールを飲んでいた。
その先輩は、しばらくポロポロとギターを弾いていたのだが、ふと思い出したように言った。
 
「『Isolation』って曲知ってるか?」
 
「ジョンの曲ですよね。もちろん知ってますよ。」
 
「オレ、好きなんだよね。」
 
そういって、ギターを弾きながら、「Isolation」を歌い始めた。
音痴の僕からしても、ちょっと音程が外れているよね、と思うような歌だったが、そんなことどうでもいいくらいに、自分の真ん中の部分を掴まれて揺さぶられている気がした。

先輩が歌う Isolation が終わっても、二人ともずっと黙ったまま、生ぬるくなった缶ビールの残りを飲んだ。
屋上を吹く風は相変わらず暑く湿気を含んでいた。遠近感を失った山影から聞こえる煩いくらいの鈴虫の声が、夏の濃厚な空気に溶けて、遠くへ流されていった。
夏の入り口。真っ暗な田舎の大学の学生寮の屋上は、どこからも isolate されて、どこにもつながっていなかった。
 
  ・・・
  
夕方、居酒屋でひとりで飲んだ帰り、このことを思い出して、随分遠くに来てしまったということに気付いた。

僕等の中の、あの isolate された屋上に吹く風は、今も暑く湿ったままだ。

(文章と写真は無関係です。)